それではどのようなリサイクルシステムであれば有効なのでしょう。
廃棄物処理と資源回収を同時に追わなければ、即ち二兎を追うとき時間差があれば両方を手に入れることができるはずです。以下にその方法を探ってみます。 1. 現行の中間処理を経た廃棄物を大雑把に適当な基準に従って梱包する。この「適当な基準」とは将来資源を精製・抽出するに便利なように、また備蓄効率や将来の技術の進歩を信じて極端な細分化を避ける。たとえば、プラスチック類・重金属類・貴金属類とか、溶解・圧縮・固形ブロックにするとか、真空包装にするとかの基準を作る。 2. この「資源の素」を国が管理する倉庫に種別に保管する。廃棄物の収集・中間処理・倉庫への運搬の費用は排出者の負担とするので、倉庫に入荷した時点で「資源の素」の原価はゼロになっている。 3. 国は国有地に順ずる土地(例えば高速道路・地方空港等の地下)に広大な倉庫を建設し「資源の素」を保管する。 4. 30年・50年後再生資源が必要になった時、これを精製し資源を抽出する。その時まで再生技術を向上させておく事は勿論、「資源の素」は原価がタダであり保管費用も国有地であれば基本的に管理費だけなので格安になる。また「資源の素」は集中して大量にあることになるので、資源化の費用が非常に安くなる。 5. 国は抽出した再生資源を民間に適当な価格で販売する。この時得た莫大な収益は破綻が決定的な年金・医療の補助に当てる。年金・医療は全ての国民の利益に関係することなので、「資源の素」の備蓄に国が倉庫を提供することに異論は出ない。 6. 倉庫建設は地方に公共投資の恩恵を与え、しかも新たな土地の買収や環境破壊を伴わない。廃棄物の最終処分場の場合は環境破壊を伴う上、いずれ限界がきてしまうが、倉庫であれば繰り返し使用できる。 再生資源がどれほどの金銭的価値を持つかは現時点では不明ですが、将来のバージン資源の涸渇に伴う高騰・「資源の素」の集中度・抽出技術の向上等から推測することは可能でありましょう。 もし国が回収し得る金額が膨大であり、しかもリサイクルの性格上繰り返し資金を得ることが出来るようになれば、財政を潤すばかりでなく、現在国民を覆う将来不安を振り払う一助になります。 今リサイクルは地方行政の目玉にもなりつつありますが、住民が不便になるばかりで有効な手段になっているとは思えません。資源保護と連結させるのであれば地方行政の手におえるものではなく、国益の観点からのアプローチが必要です。
現在行われているリサイクルはゴミの削減と資源回収の二兎を同時に追っているように見えます。自治体が作成したリサイクルシステムのフローチャートでは、あたかも品物が無限に再生され循環し得るように描かれていますが、最も重要な要素が無視されています。第一に品物を再生・循環するために、新たにどれほどのエネルギーや資源を投入し、そのためにどれほどの新たな廃棄物や汚染物質を排出しなければならないのか、第二に再生した資源を使って何を生産しどのように販売するのかというビジョンです。
販売できなければ生産する意味がないのです。 大抵の品物は資源化できるそうではありますが、おおむねバージン素材を使うより数倍のコストがかかるようです。その上劣化や不純物混入の問題があり品質低下を招きます。 ただでさえ輸入品に対する価格競争力をなくしているのに、品質まで落としてしまっては作ったところで売れませんから、補助金に頼ったり嫌でも公共事業の土木工事などにでも使わざるを得ないような物を作ったりすることになります。 これではリサイクルは製造業を退化させ、経済や財政の悪化に寄与するばかりです。 ではリサイクルは日本にとって有害なのでしょうか。 結論を言えば「リサイクルが日本を救う」と信じて止みません。 現在行われているリサイクルシステムの最大の欠陥はリサイクルをリアルタイムで完結させようとしていることです。資源は元々地球に眠っていたものをタダで拾ってきたものです。タダで拾えるうちは手間隙賭けてリサイクルした再生資源に勝ち目はありません。地球の資源がタダで拾えるくらい密度を増したのには、気が遠くなるような時間が必要でした。再生資源にも競争力を得る時間が必要です。 具体的に言えば、このまま30年か50年もすれば地球人口は100億人近くなるだけでなく、中国やインドなどはもっと経済発展をするでしょうから資源の枯渇・奪い合いが起きることは目に見えております。 このときに再生資源が不可欠となり、競争力を持つようになります。 今リサイクルして今使おうとすることに無理があります。 廃棄物の処理や資源確保は国家が国益を賭けて取り組むべき問題であり、民間の経済活動に委ねるべきではありません。 現状ではリサイクルは経済的に収支が取れませんから補助金を出したり、二次汚染に目を瞑ったりという不健康な状況になります。 政府はもっと国益を考えて根本的な所に大きなお金を出すべきです。 「リサイクルしてはいけない」の著者武田邦彦先生の提唱する人工鉱山のアイデアが注目されます。 いま日本には膨大な量の製品が安く輸入されます。これを徹底的に使い回しして後に「資源の素」として粗加工し備蓄します。30年或いは50年後に精製し資源を抽出すれば日本は資源大国になります。バージン資源でなくてもいいではありませんか。
サービス業は第三次産業ともいわれ、商業・運輸・通信・金融などを総称しておりますが農業・漁業・製造業と区別されます。
リユース業も商業ですからサービス業に分類されるのは当然といたしましても、先に述べたように物を売っているにもかかわらず価格の大部分を流通経費が占める、即ちサービス料が占める珍しい商売です。 その国の経済が発展すると製造業からサービス業に移行するのは自然です。 製造業は労働集約的であり安い土地と安い労働力を必要としますが、経済が発展した社会では労働者は高い賃金を要求しますから、製品に価格競争力がなくなってしまいます。 残念ではありますが普通の製品が中国製や韓国製に取って代わられるのはやむを得ないことです。日本の製造業はより高度な技術や品質・特殊な用途に対処するような特徴を出す必要があります。 物の価値はその所有者が所有するに当り個人的に評価する「物」としての価値と、他者に所有を移転するに当り代価に換算し得る金銭的価値があります。 この金銭的価値がサービス料です。 製品の元になった資源は地球上に落ちていたか或いは埋まっていた物ですので、始めはタダでした。これを人手をかけて掘り出して人手をかけて製品にしました。 この「人手をかけた」ことによってタダの物に金銭的価値が付加されます。 人手をかけることは即ちサービスです。 この考え方からすると農・漁業や製造業もサービスの代価を得ていると言えます。 出来上がった製品が同じならこのサービスの代価が低い方が価格競争力があります。 日本ではサービスはタダの意味に取られますが実はサービスこそが代価なのです。 今日本は未曾有の不況の中に居ます。 短期的に経済対策を施すなら国産品保護を官民挙げてやるべきです、しかし長期的には物作りに囚われない、サービス料がしっかり取れるサービス業を発展させることが必要です。 物を造って資源を消費することだけが景気の回復に繋がるわけではありません。 まして消費者が物を買った代価の大部分が外国に流出し、国内には僅かばかりのサービス料が残るのではいくら消費しても景気が良くなるわけがありません。 景気回復には物の消費よりサービスの消費の方が重要です。 サービスの消費増加は雇用の増加となり、サービス料は所得を意味するものです。 リユースは新たな製品を生産しないばかりか、新たな製品の生産を抑制するので景気回復に逆行するように見えますが、代価が全額国内に循環しますから効率よくお金が回ります。即ちサービス業を育成したのと同じ効果が期待できるのです。
官公庁及びそれに付随する施設・勤労者の消費は全消費量の10%を下らないと思われます。これは膨大な量であり消費性向に大きな影響力を持っています。
官公庁が率先してリユース品を購入すれば民間にも波及します。 リユース業者は零細店舗が多く、在庫負担に悩まされているため、需要が滞ると新たに発生した品物を引取れず、スクラップにせざるを得なくなります。 官公庁は予算で動いておりますからその時々の景況に関係なく需要が見込めますので、端末機関での需要をリユース品で賄えばその代金の大部分はその地方に還流します。 また、リユースに耐えられるかどうかがその製品の評価条件になれば、メーカーは粗悪品を作ることが出来なくなり、結果的に廃棄物を削減することになります。 官公庁は多少面倒でもリユース品を使用する習慣をつけるべきではないでしょうか
官庁や大企業の需要は数量が纏まっているためにリユースで供給することにかなり無理があります。リユース品は一度消費者にばら撒かれた品物を集めますから、商品にばらつきがあります。しかし、各出先機関の少量の需要には十分に応えられます。
出先機関の需要は決められた予算内で・担当者が必要としている物を・必要とした時に・できれば実物を確認して・早くほしいという特徴があります。 これは多くの新品供給者が在庫を持たないカタログ販売だったり、受注生産で納期が遅かったりする状況を考慮すると、リユース品の方が圧倒的に便利です。 纏めて入札をするときには新品を購入すればいいのです。 できれば、この場合も単純に価格だけで判断するのではなく、品質や国内製部品の使用率なども考慮してもらいたいものです。 日本の製造業が海外に拠点を移し、所謂産業の空洞化が起きております。 これは国産品の競争力を落とし、失業者を増やす原因になっておりますが、国内消費に使われたお金を海外に放出する結果にもなり、景気回復の脚を引っ張っています。 また、国内で不要になった機械・設備類も中古品で海外に安く転売され、これを利用して安い商品が生産されています。国際協調や友好といった美名の下で、特に中国などに破格の安値で中古の生産設備が輸出されているとも聞きます。 国産品の競争力を維持するためには中古機械を国内で利用するシステムを作らなければ、結局国内製造業者の首を締めることになります。 リユースは製造業者の市場を奪い景気回復に反するように見えますが、実は資源・エネルギーを浪費せずにお金を循環させ、しかも全額国内で流通させるので効果的な景気回復法だと思います。またリユースは質の高い商品を求められますから、国産品の復活にも貢献するものと思います。
リユース業者の粗利益率は非常に高く、60%以上はあると思われます。
極端な例では、廃棄処分料を貰って引き上げてきた物を転売すれば100%以上の粗利を上げることも可能です。おおむね60%から80%は常識的な数字ですが、新品の業者から見ればとんでもない暴利です。 しかし逆から見るとこれくらいの粗利がなければやっていけない商売でもあります。 総売上に対する店舗及び倉庫料が10~20%、人件費が30~40%、諸経費10%、その他諸々勘案しますと商品の原価は20~30%で抑えなければ成り立ちません。 商品価格の大部分は流通経費でありサービス料であります。 売っているのは「物」であっても、価格の大部分は流通経費ですからサービス業と捉えるべきだと考えます。 新品を販売すればその「物」を生産するために資源・エネルギーが消費されます。 中古品の場合はその「物」はすでに有ったものですから、サービスのみが消費されます。 資源・エネルギーの消費には環境破壊と資源枯渇の問題が付き纏います。 景気回復は「物」や「サービス」の流通が活発になり、逆向きにお金の流れが活発になればよいのですから、必ずしも資源・エネルギーが消費されなくてもよいのです。 しかもこの場合のサービスはおおむね国内産ですから、消費者が支払った代価すなわちサービス料と商品の原価は全て国内にストックされるか再流通されます。 新品の場合は如何でしょうか。 メーカー・販社は低価格で提供するために多くを海外から輸入しておりますが、これは消費者が支払った代価の内、国内に還元されるのはサービス料の部分だけで、原価分は海外に流出してしまうことになります。しかも熾烈な価格競争のためにマージンがうすくなっていますので国内に再流通する金額は少なくなります。 国際協力も結構ですがなんでもかんでも生産を海外に移してしまうと、国内で流通する通貨は減少し、いくら消費しても国民は豊かにならないのです。 すなわち、消費の拡大が景気の回復に繋がらないのであります。 経済の進歩を考えますと、製造業中心の経済はいずれサービス業中心の経済に移行しています。その意味では日本はサービス業がもっと発展してしかるべきです。しかし、サービス業は一種の虚業でもあり国の安定のためには、バックボーンになる強力な実業が必要であります。それは国によっては農業でありハイテク産業であり観光産業などでありましょう。 従来型の製造業にこだわって価格競争をしたり、品質を落としてまでも輸入品に頼っていると、日本はゴミの山になってしまいます。 長持ちする良い製品を作って何度でもリユースすれば、その代価は全て国内に流通しますので景気をよくします。しかもゴミも出さず資源も使いません。
以前官庁は中古品を購入しませんでした。
その理由は公の予算で購入し備品台帳に載る品は減価償却の期間以上の耐用年数がなければならないが、中古品は既に耐用年数を超えて使用している物もあるので相応しくないというものでした。また、以前は製造業を育成しなければなりませんでしたから、官庁が新品を大量に消費することに政策的な意味があったとも思われます。 しかし実際には、役所は常に民間の上に君臨するものとの意識があり、役所の備品を民間に払い下げることはあっても、民間の使い古しを役所が再利用するなど全く発想できなかったのではないでしょうか。 多くの製品の実際の耐用年数は税制上の減価償却の年数で決まるのではなく、その製品の品質・使用する環境・頻度・メンテナンス等で格差がでます。 しかも多くの場合減価償却の年数の何倍もの耐用年数を持っており、買い替えの動機は壊れたからよりも、もっといい製品が出来たから・汚れたから・飽きたから・移転するから・儲かったからといった、その製品の機能に関係ない理由による方が圧倒的に多いのです。ですから中古品は耐用年数の残りがないというのは間違いですし、耐用年数を考慮したとされる減価償却年数の設定にも疑問があります。 今日本は未曾有の不景気、出口の無いデフレに陥っています。国民の第一の関心事は景気回復に尽きます。景気回復は消費の拡大を意味します。消費の拡大は廃棄物の発生に繋がります。 しかし反面、環境保護・資源節約なかんずくゴミの最終処分場の収容能力はあと3年程度しかもたないことから、廃棄物を減らすことが自治体にとって命題になっています。 この相反する要求、すなわち消費を拡大して廃棄物を減少させることは可能でしょうか。 製品を解体して資源に還元する所謂「リサイクル」はこの要求に応えているように見えます。なぜなら、「リサイクル」は新たな産業を生み出し雇用の機会を提供し、廃棄品を資源として再利用しますから廃棄物を減少させます。 しかし「リサイクル」にはリサイクルのための機械器具類の生産や膨大なエネルギーの消費が伴いますから、消費の拡大には貢献しますが、本来なら最終処分場に行くべきゴミを別の形のゴミに変換しているに過ぎないかも知れません。即ち「相反する要求」に応えているとは言い難いのです。 では「リユース」はどうでしょう。 リユースを進めると相対的に新品の消費は間違いなく減ります。これは一部の製造業者の経営を圧迫するかも知れません。また、資源・エネルギーの消費もその分減りますから「消費の拡大」に逆行します。しかし廃棄物の減少には大いに貢献しそうです。 では、リユースを進めると景気の回復に逆行するのでしょうか。 景気回復を消費拡大に直結させることは正しいのでしょうか
一時使い捨て文化という言葉が流行しました。これは欧米特にアメリカの文化に影響されたものだという解説がなされておりました。
しかし日本にはもともと使い捨ての風土があります。 古着屋・古道具屋・紙のリサイクルなどは江戸時代からあるそうで、使えるものはとことん使い回しする伝統は古いようです。 しかし障子・襖・畳表などは毎年のように張り替えられますが、これに相当する欧米家屋の部材は建築の一部でありその本体と寿命が同一であります。 また信仰の拠所であった神棚に祀るお札は年の初めに新しくします。 これは紙と木そして自然が毎年もたらしてくれる素材に依存しているからですが、逆にその範囲での生活ですから、質素・倹約の風土も生み出しました。自然がリサイクルしてくれる範囲での使い捨て文化でした。新たなる物には爽快感や有難味を感じます。 しかし現在は石油や鉱物資源を使う生活になり自然に依るリサイクルが間に合わず、使い捨ては資源の枯渇と環境破壊を招くことになってしまいました。 多くの日本人が使い捨てを嘆きしかし自身は新品好きなのは、かつて質素・倹約のもとで自然とともに一年サイクルで生活していた遠い記憶がそうさせるのかも知れません。 実際「三割も安いのなら中古品を購入する」か「三割しか安くないなら新品を購入する」かの違いが、欧米人と日本人の購買意識の差となっております。 それでも消費者は合理的な考えで新品と中古品の使い分けを始めたようですが、供給する側にゴミ処理の一環との意識がある内は健全なリユースとは言えません。 まして昨今のデフレ・価格破壊で商品の品質が低下すれば、その行き着く先はゴミとなってしまいます。 リユースを進めると言うことは製品の品質を向上させ寿命を延ばすことであり、それは粗悪品を駆逐することになります。当然量より質が求められ、かつてのスクラップアンドビルトタイプの高度成長型ではなく、安定低成長型の経済を志向することになります。 これはメーカー等供給側としては現在の低価格競争に対応できるものではありませんので受け入れ難いでしょうが、長い目で見るとデフレ解消に繋がります。 かつて行政は産業の育成に力点を置いていましたから、消費者より生産者の方を向いていました。いまやそのような姿勢は何の景気対策にもならないことがこの十年で証明されております。 政府も一般消費者の立場での対策を立てなければ、時間と予算を浪費するだけであり、従来型の公共投資では一部の業者の延命にはなっても、景気回復の起爆剤にはならないことを理解するべきであります。 今消費者の購買傾向は低価格品と高品質品を巧みに買い分けているようです。 良いものが安く買えるリユースを受け入れる素地は整いつつあると感じます。
資源保護の立場からリサイクル技術は向上し、またリサイクルにかかるコストアップも受け入れられやすい状況にはなりましたが、その反面、世はデフレで製品価格は下落する一方ですので、リサイクルの経済的メリットを探すのは少々困難な状態ではないでしょうか。製品をリサイクルして資源に戻す行為は新たなエネルギー資源を使うことになり、これはリサイクルという美名(?)に隠れた資源浪費や環境破壊に繋がる危険すらあります。勿論、リサイクルせずそのまま廃棄してしまえばもっと悲惨な結果を招くでしょうから決してリサイクルを否定するものではありません。
品物を処分する時、再販するか解体して資源に戻すか、それとも焼却したり埋設したりするかは、現在おおむね経済の流れと自治体の責任において行われているものと推察されます。それぞれの方法は一定の根拠の元で成立しているのでありましょう。 その中でもリユースを進めることはエネルギー効率の面から極めて有効であると思われますが、この仕事は簡単に始められる反面意外に困難を伴います。 昨今リユース業が急成長し店頭公開したり、不況で新規参入も増えたりしております。 この間リユース業者が保管している在庫量は相当増加していると思われ、その分は資源保護・廃棄品の削減に貢献しております。しかし、リユース業は需給のミスマッチが起こりやすく、供給に対して需要が伸びなかったり需要に対する供給が適切でなかったりすれば、リユース業者の店頭はゴミの一時保管場所になりかねません。 全ては一般の自由な経済活動に依ってなされており、これは文化でありますからリサイクル・リユースのシステムが確立するには時間が必要です。 しかし、これを自由経済に任せておくほどの時間の余裕はありません。 京都議定書の批准・最終処分場の限界・環境保護・資源確保等もう既に時効を過ぎたものばかりです。 リユースを盛んにして製品の寿命を延ばすことが最も有効な解決策の一つであると確信しますが、その条件や影響について考察します。
環境保全・資源保護の立場からリサイクル・リユースに対する認識はかつてない高まりを見せております。
折しも、長期に渡る不況に因りリサイクル・リユース関連の新規事業者も雨後の筍のように増えております。しかしリユースに関しましては需給関係のミスマッチが必然的に付いてまわり、成熟した市場になっているとは言い難い状況にあります。いかにして中古品の需要を喚起するかがリユースを円滑に進める要点になると思われます。 リユースを進めることは廃棄物による環境汚染防止や資源保護ばかりでなく、景気の回復に大きく寄与します。そこで民間は無論のこと、特に官公庁には率先して中古品を購入してもらうよう提案する次第です。 再生家具普及協議会Webサイト < 前のページ次のページ >
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